メキシコ人のお客様と訪れたヤマハピアノ工場。人生で一番楽しかった見学ツアーの話

メキシコ人のお客様と訪れたヤマハピアノ工場。人生で一番楽しかった見学ツアーの話

メキシコの熱い太陽の下、私はピアノと共に生きていました。

2009年から約5年間、日本で買い集めた中古のピアノをメキシコへ輸出する商売をしていました。アップライトピアノやグランドピアノを織り交ぜて40フィートコンテナに40台ほどぎっしり詰め込み、コンテナごと現地の業者さんに買ってもらうという、少しダイナミックなスタイルです。

そんな私の、記念すべき最初の大口顧客となったのが、メキシコシティで親子二代にわたってピアノ店を営む、熟練の調律師でした。彼が最初のコンテナを買ってくれたことが、私のメキシコでのビジネスを軌道に乗せてくれたのです。それが、私の本格的な中古ピアノ販売の第一歩だったのです。

ある日、彼が私にこう言いました。 「君が送ってくれるピアノの品質は素晴らしい。ぜひ一度、このピアノたちが生まれた国、日本へ行ってみたい。そして、ヤマハの工場を見学できないだろうか?」

私自身、ピアノを扱う仕事をしていながら、その製造の現場を一度も見たことがありませんでした。「それは面白い!」と二つ返事で快諾し、私たちは日本へ飛ぶことになったのです。

お客様を日本でアテンドし、彼の要望だったヤマハの本社(当時は浜松にありました)へ向かい、ピアノ工場の見学ツアーに参加しました。この時に体験した光景と感動が、私の人生における工場見学の概念を根底から覆すことになります。

ピアノの聖地で、二人が見たもの

まずエントランスで私たちの目に飛び込んできたのは、ヤマハの創業者・山葉寅楠の大きなレリーフでした。それは、旅笠をかぶり草鞋を履いた寅楠が、仲間と天秤で初めて作ったオルガンを担ぎ、未舗装の箱根の山を越えている様子を描いたものです。完成したオルガンを東京の大学教授に見てもらうため、浜松から東京までの往復500kmを2往復もしたというストーリーに、凄まじい情熱を感じずにはいられませんでした。

その創業者の魂が、工場全体に息づいているかのようでした。一歩足を踏み入れると、木の香り、金属の匂い、そして数百人の職人たちが放つ静かで熱いエネルギーが空間を満たしています。さらに驚いたことに、工場内の機械はアラームの代わりに美しいメロディーを奏でながら動いていて、「さすが世界トップの楽器メーカーだな」と感心させられました。

ツアーには海外からのお客様も多く、「もしかして英語のゲストを集めた回なのかな?」と思ったほどでした。そして、そのツアーは実に粋な演出で始まりました。エントランスに置かれていたのは、坂本龍一さんが使っていたことでも知られる、クリスタルグランドピアノ。その透明で美しいピアノが自動演奏を始め、なんとそれぞれのゲストの国の国歌を奏でてくれたのです。もちろん、メキシコの国歌が流れた時には、隣にいた彼が感極まっていたのは言うまでもありません。

言葉は通訳を介さなければなりません。しかし、私とメキシコから来た彼との間には、「ピアノ」という完璧な共通言語がありました。

彼が特に感嘆の声を上げていたのが、ピアノの心臓部である響板や、複雑なアクションが寸分の狂いもなく組み上げられていく工程でした。普段からピアノの内部を誰よりも知り尽くしている彼が、部品一つ一つの「起源」を目の当たりにし、子供のように目を輝かせていたのがとても印象的でした。

「この木材の管理、この精密さ…。だからヤマハのピアノは、メキシコのどんな気候の中でも安定した音を保ち続けるんだな」

彼の呟きは、そのまま私の心の声でもありました。

これまでコンテナの中でただの「商品」「在庫」として見ていたピアノたちが、目の前で一つの生命体として誕生していく。選び抜かれた素材に、熟練の職人たちが魂を吹き込み、一台の「作品」として完成させていく。そのプロセスは、神聖でさえありました。

見学を終えた後、彼は最高の笑顔で私の肩を叩き、「本当に素晴らしいものを見せてもらった。ありがとう」と言ってくれました。この完璧なクオリティーコントロールの中で作られたピアノであれば、たとえ古くても良いものだという事を、心から納得してもらえたのだと感じました。

この工場見学は、単なるビジネス上の付き合いを、国境を越えた深い信頼関係へと昇華させてくれました。次にメキシコへ送るコンテナに積まれた40台のピアノは、私にとって単なる「商品」ではありませんでした。一台一台に、浜松で見た職人たちの顔や、誇り高き仕事ぶりが重なって見えたのです。

人生で様々な工場見学に行きましたが、後にも先にも、このヤマハの工場見学ほど心を揺ぶられた経験はありません。それは、国も文化も違う二人の人間が、ピアノという共通の愛を通して、ものづくりの神髄に共に触れることができた、奇跡のような時間だったからだと思います。

もしピアノを愛する方がいれば、ぜひ一度、その聖地を訪れてみてください。きっと、あなたのピアノがもっと愛おしくなるはずです。

※補足 私が見学したのは数年前の浜松本社工場でしたが、現在、一般向けのグランドピアノ工場見学は**静岡県の「ヤマハ掛川工場」**で行われています。ご興味のある方は、ぜひヤマハの公式サイトをご確認ください。

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